『星の王子様』

  • 2010.06.20 Sunday
  • 05:33






サン=テグジュペリ『星の王子様』、内藤濯(翻訳)岩波少年文庫、2000年。



多くの言語に翻訳されているこの本。

舞台は、カサブランカから南へ900キロほど離れた西サハラ。



アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリは、貴族の生まれ。

幼いころは天真爛漫に育ったようですが

次第に、フランス社会での暮らしに息苦しさを覚えていったようです。

サン=テグジュペリは、1927年

航空郵便会社の操縦士としてこの大西洋岸に面したサハラ砂漠に着任。

ここで過ごした1年ほどの間に体感した

大自然と現地の方との対話をもとに描かれた物語と言われています。

実際に執筆したのは、第二次世界大戦中の亡命先のアメリカ合衆国。



そのお話とは…

ある小さな星から旅してきた王子様がサハラ砂漠で不時着した飛行士と出会う。

王子様が洞察してきた様々な世界の事象に

するどい疑問を次々と不時着した飛行士に突き付けていく。

まるで、王子様が何かに対する「答え」を探しているかのように。



このお話の中で有名な語りは

「心でみなくちゃ、物事はよく見えないってことさ。

かんじんなことは、目には見えないんだよ。」



このほかに、私が印象に残った語りは

「ことばっていうやつが、勘ちがいのもとだから…」

「特急列車に乗りこむけど、いまではもう

なにをさがしているのか分からなくなっている」



サン=テグジュペリの時代以上に列車のスピードは加速され

その速度のあまり、周りは見えなくなり

道はますます、直線化を極めたような今の世界。

そんな速度じゃ、心で物事を見る余裕どころか

心そのものが追いついていくことに精一杯で

かんじんなことは、無意識のうちに忘れられてしまう。



私には、バラの花のために、「暇つぶし」ができるのだろうか?



昨年、陸路で西サハラのダフラまで行った際

その混沌とした雰囲気と、ひたすら続く岸壁と砂漠の世界を前に

何とも言えない高ぶる気持ちと「孤独」を感じ

海岸に絶え間なく押し寄せる大西洋の波とそれに動かされる石の音からは

まさに地球の鼓動を聞いたような気がしました。



雑踏のない雑念のない生まれた状態の世界。

そんな場所を思い起こし、サン=テグジュペリはこの物語を執筆したのかな…。

このような世界で、心が洗われると

今まで気づかなかった当たり前のことが見えてくる。



「暇」と言える時間とはしばしご無沙汰している自分。

「これもしたい、あれもしたい!」が

いつしか「これもしなきゃ、あれもしなきゃ。」になって

乗り込んだ列車のスピードはどんどん加速され

前しか見えなくなっているような気がする。



雑草と香草を長い時間をかけて丁寧に分ける女性の時空。

道端で何をすることもなく座り込んでいる男性の時空。

この時間が、空間が、心にゆとりを与える。

鈍行列車で立ち止まりながらする旅が、丁度良いのかもしれない。

『イブン・バットゥータの世界大旅行』

  • 2010.06.01 Tuesday
  • 02:29




『イブン・バットゥータの世界第旅行 14世紀イスラームの時空を生きる』家島彦一(著)、平凡社新書、2003年。





イブン・バットゥータというタンジール生まれのベルベル系モロッコ人の大旅行記。1325年6月に21歳で故郷タンジールを旅だったイブン・バットゥータは、メッカを目指す。46歳でファース(フェズ)に帰還するまで実に、四半世紀を旅の中に生きた彼は、カイロ、ダマスカス、バグダード、コンスタンティノーブル(イスタンブール)といった大都市をはじめ、東アフリカ沿岸のスワヒリ文化圏、インド、マルディヴ、スリランカ、中国まで至ったという。インドのデリーでは8年間滞在し、現地のスルタンのもとで士官として職を全うするなど、随所で長期間滞在し、現地の政治とかかわっている。モロッコへ帰還後は、キリスト教勢力が勢いを増すアンダルス(イベリア半島南部)を訪れ、さらには、当時のモロッコ王朝マリーン朝のスルタンの命を受け、サハラ砂漠奥地の情報を収集するため黒人王国の都マーッリーまで旅に出ている。14世紀という時空において、いかにしてイブン・バットゥータはこの旅を大成したのだろうか?



『大旅行記』、正式名『諸都市の新奇さと旅の驚異に関する観察者たちへの贈り物』は、イブン・バットゥータが最初に旅立ってから30年以上が経過した後になり、何の記録に頼るのでもなく、記憶だけを手がかりに語られた内容を、スルタンの命を受けたイブン・ジュサイイ(グラナダ出身の文学者)が編纂著したものである。これには、当然記憶違いも生じているであろうし、執筆者イブン・ジュサイイが物語の驚異性を高めるため故意に加えた記述も含まれているだろうと著者は予測している。中でも、多くの研究者によって懐疑されている中国への旅は、その記述内容と歴史的事実に一致性が見られない点、また故意に航海日数を増やしたと思われる点から著者自身も、おそらくイブン・バットゥータ自身は中国へは至っていないと判断している。そのような問題を抱えながらも、この『大旅行記』は、各地の歴史的資料として評価されており、著者が発見しただけでもパリの国立図書館に5種、その他にも24種類のアラビア語稿本がある。



イブン・バットゥータが生きた14世紀には、「ゆるやかなイスラーム・ネットワーク」がアジア、アフリカに張り巡らされていた。旅の人を受け入れるイスラームの精神を基本に、各イスラーム諸都市には、宗教的寄進財産(ワクフ)によって運営された各種の自薦行為やモスク、マドラサ、修行所、隊商宿、水飲み場などが整備され、諸都市間には、交通ネットワークが存在した。これらは、巡礼に向かう旅人や修行者の旅を助け、さらに、これらの施設が彼らの情報交換所として機能を果たす。これに加え、アラビア語、イスラーム法、宗教的な共通性により、イブン・バットゥータは旅を続けられたのではないかと著者は考える。



そもそも旅の目的とは、多くの異なる人々との付き合いを深める中で、他者の心を知り、他者の価値を認め「ぬくもりのある付き合い」を求めることにあるという。そのためか、イブン・バットゥータは、「境域イスラーム世界」と言われるイスラーム世界と非イスラーム世界との中間にあたる「境域」を好んで旅している。そこには、イスラーム的に正しい教えから逸脱した行為、考え方、ものが広がる「未開なイスラーム世界」が存在し、それは「理念としてのイスラーム」と「地方文明・文化の接触・融合の中で生まれた土着化したイスラーム」との葛藤と緊張の場であるという。このような「境域イスラーム世界」で他者を発見すると同時に、自己のアイデンティティを確立していったのではないかと著者は述べている。



現在、交通機関の発展に伴い人の移動は短時間で可能となったものの、その容易さから本来の旅の楽しみは忘れられがちである。カメラを片手に名所を足早に回る旅、日本を離れていながらも各地の日本人宿に留まり現地の人との交流に消極的な旅などからは、他者との「ぬくもりのある付き合い」が生まれるのであろうか?異なる価値観を持つ他者だからこそ、興味のアンテナを最大限広げ、柔軟性を持ち相手を理解する努力をしたい。優劣、善悪をつけるのではなく、そういうもう一つの形として受け入れる。そんな旅から、初めて自己というものが見えるのかもしれない。イブン・バットゥータの旅の楽しみ方を学びたいものである。


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