『ヨーロッパとイスラーム』

  • 2010.12.23 Thursday
  • 06:05
フランスに400〜500万、ドイツに300万人超のムスリム移民が生活している現在、ヨーロッパ各国で現地の文化的規範と、とりわけムスリム移民のそれとの間に摩擦が生じています。近年大きく取り上げられている「スカーフ問題」もその一つと考えられます。そこで、このような問題を取り扱った著書を手にとってみました。



『ヨーロッパとイスラーム ―共生は可能か―』内藤正典著、岩波新書、2004年。



本書の目的は、ヨーロッパ、とりわけドイツ、フランス、オランダに暮らすムスリム移民の日常的な生活において、西洋とイスラームのあいだの亀裂がどのように生まれ、なぜ、衝突というべき状況にまで拡大してきたのかを現実に即して解明し、そのうえで、その衝突を回避するための知恵とは何であるかを、可能な限り現実的なレベルで提示していくことにある。



まず、ドイツ。

血統主義的な民族概念をもつドイツ社会では、移民はいつまでたっても「ドイツ人」にはなれない。このようなホスト社会からの疎外や差別が、アイデンティティの所在を求めることのできない第二世以降の移民を、結果的にムスリムとしての覚醒へ導いた。



次に、オランダ。

出生地主義を基本とするオランダでは、5年以上、合法的に居住している人は、基本的に外国籍のままでも、参政権が与えられる。「移民も税金を納めているのだから同然だろう。」と考えるオランダは、ドイツやフランスが国への「帰属」を求めるのに対し、「納税」という行為そのものを重視する。オランダは、「生き方」について、他人や公権力が介入すべきではないという「リベラリズム」の意識が発展しているため、ムスリム移民は、比較的自由に自らの文化規範を維持して暮らすことができる。しかし、このようなオランダ式「多文化主義(multiculturalism)」は、相互理解の上に成り立っているのではなく、「文化の多元主義(cultural pluralism)」ともいえる、相互不干渉の中、成立している。



最後にフランス。

フランス国民になるとは、「自由・平等・博愛」という共和国が掲げる原則を受け入れ、フランス語を理解し、共和国と契約を結ぶこと。政府は、フランス語を通じて、移民にフランスの思想や歴史を教育し、成長と共にフランスへの畏敬の念を育てようとした。しかし、その政策は、思うようにはいかなかった。

フランスは、1905年に「国家と教会の分離」の法を制定し、公の領域は宗教から中立、すなわち非宗教的でなければならないという「ライシテ(俗に言う「政教分離」)」が定められた。これは、長い歴史の中で、ときには協調し、ときには反目しあってきたカトリック教会と国家との関係を分離する目的をもっていたが、「政教分離」の原理は、正しく生きるうえでの約束事がすべてイスラームに基づくムスリムには、受け入れがたい。また、ホスト社会も、この原則を受け入れられない移民、つまりフランス国民になれない移民を排除しても、差別に当たらないと考える。



■スカーフ問題

2004年の初頭、フランスではライシテの徹底を求める法案が圧倒的な支持で国家を通過した。これは、公の場から「これみよがし」な宗教的シンボルを排除しなければならないことを意味した。この議論の根幹には、ムスリム女性のスカーフ着用問題がある。

この件に関してのムスリム女性の反応は

? 「スカーフは女性抑圧のシンボルである」とスカーフ禁止に共鳴。これは、イスラームの名を借りて、女性を抑圧するムスリム男性に対し批判的な女性に多い。

? 「羞恥心を失い、性を商品化していく第一歩だ」と感じ、自らの意思で着用を支持。スカーフ着用を心情や表現の自由と考える。フランスで「自由・平等」の精神を学び、高等教育を受けた女性に多い。

? 家族の圧力や故郷の伝統に従順であるがゆえに着用。

以上のように、スカーフ着用に関する見解もさまざま。もともと、コーランには、髪を隠せという記述はなく、「汝の飾りなるとこ」や「隠しどころ(日本語的に解釈すると陰部をさす)」を覆えとある。ムスリム女性が、髪を性的な部分と考えているなら、下着を着用するのと同じことを頭部にもしているだけである。それを外せと命じることは、一種のセクシャルハラスメントとも受け取られかねない。カトリック修道女のヴェールは、信仰と表現の自由として議論の対象にはならないが、イスラームに関する問題は、政治的な意味を見出そうとするので、執拗に干渉する。ここに、ダブルスタンダードがある。



結局のところ、この問題は、イスラームとキリスト教の対立ではない。イスラームが異議を申し立てる相手は、キリスト教という宗教文明の規範から離れた後に成立した西洋近代文明なのである。西欧で誕生した人間の理性を重視する啓蒙主義は、宗教文明の「力」に対抗する「力」を備えた。しかし、中東・イスラーム世界諸国の多くは、この西洋文明を受容して近代化を図ろうとしたが、それに行き詰まり、イスラーム復興運動へと展開した。



移民ホスト社会は、社会進歩の観念を無意識のうちに他者に押しつけてしまう「力」、人間の理性をよりどころにして創り上げた西洋文明が持つ「力」を自覚する必要がある。ムスリムも、ものごとの道理を神の定めに帰すという観念が、西欧社会には受け入れられないことを自覚しなければならない。この両者の自覚なしに、その共存もありえない。



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モロッコからも多くの移民が、欧州に渡っています。また、欧州への移住を夢見ているモロッコ人も多い。しかし、ホスト社会での生活は、移民2世以降のアイデンティティの所在の問題をみても、容易なものではない。人間は、自分の価値観とは異なるものに、敏感に反応しやすい。そして、そういう場面に出くわしたとき、無意識のうちに、他者を攻撃し自己の優越性を確認する傾向があるように思います。筆者がいうように、ホスト社会、ムスリム双方が、筆者の指摘点を自覚したなら、両者の共存も可能となるかもしれない。課題は、いかにして両者がそれに気がつくかではないかと思います。





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