"The boy who harnessed the wind"

  • 2019.05.14 Tuesday
  • 12:37


"The boy who harnessed the wind"は

アフリカのマラウィの村で育った少年、

William Kamkwambaさんが

旱魃に苦しむ村で風力発電を利用し

村人を飢餓から救ったとう

実話をもとにした映画。



限られた身の回りのもの、

古い車のバッテリーや自転車の部品など

を活かして地下から水を汲み上げる

風力発電を開発。



そのアイデアは自転車をこいだ動力を

利用した電灯の発電システムと

図書館で読んだ一冊のエネルギーの本から

ひらめいたという少年。



家庭が貧しく学費も払えなくなったため

退学せざるを得なくなった少年ですが

6年生まで学んだ基礎学力と

両親から伝えられた教育の大切さを信じ

村人が考えもしなかったシステムで

乾燥しきった農地に水を与えました。



教育、そして知識の重要性が

上手く描かれていると同時に

大切な人や愛犬を亡くしたり

気候変動の多大な影響と

それに対する対応を

考えさせられる映画でした。


家庭の財政を支えるラグ織り女性と理想の結婚

  • 2013.01.14 Monday
  • 03:22
いつもは、モロッコのリサイクルラグとして知られる

「ボ・シャルウィット」のラグ織り女性についてご紹介していますが

本日は、モロッコの商業用ラグ生産地域「タズナフト」について

文献で得た知識ではありますが、少しお話させていただきます。

タズナフトは、フランスの保護領であった時代から

そのラグの魅力が主にヨーロッパ市場に伝えられ

以後、商業用のラグの生産地域として知られています。

ボ・シャルウィットは、通常、家庭用のラグとして

不用になった衣類などを利用して織られるのに対し、

ウールを素材とするタズナフトは、まずは、マラケシュのスークに持ち込まれ

その後、世界の市場に出回るため、販売用として織られます。



文化人類学を学ぶモロッコ人女性の視線によって書かれた論文によると

タズナフト周辺の村では、ラグ “Zarbiya” は公共教育 “Tarbiya”よりも優先され

貴重な収入源として据えられているそうです。

モロッコ政府は、2015年までに90%以上の児童の初等教育終了を目標に挙げていますが

このタズナフト地域では、5年以内に学校に通わなくなる児童が大半だといわれています。

とはいうものの、2003−4年の女児児童の小学校通学率は63%であったのに対し

2007−8年のデータでは、86%に増加しているそうです。



では、なぜ、児童は学校に通わなくなるのでしょう?

第一に、勉学に励んだところで、将来的にその知識を生かす機会がない。

それならば、直接的な収入源につながるラグ織りを習ったほうが良い。

第二に、教師による体罰を苦痛に感じるという理由も挙げられています。



また、近年では技術性の高いユニークなラグを織る女性は、

家庭を支える収入源として、高い評価を下されます。

かつ、ラグ織りに携わる女性は、家の中で過ごすことが多いため

自然と家事を身につけ、外部の影響を受ける機会も少なく

模範的で道徳的な価値観を身に付けた女性として理解されているそうです。



ラグ織り女性に限らず、地方に暮らす女性の多くは

都市での生活にとても感心、憧れを抱いています。

このタズナフト地域に暮らす女性もその例外ではなく

どうにか、この村から抜け出し、

ラグ織りや農作業から解放された生活をしたいと希望しているようです。

その希望をかなえるために、最も重要な機会となるのが婚姻時。

アイン・モシュ村でもそうですが、

都市在住の男性との結婚を夢見る女性がとっても多いのが現状で

そのために、少しでも人から評価されるラグを織り

結婚相手が現れるまで、いかに良い評判を村の中で維持できるかということが

とても重要になってきます。

論文中に紹介されているある女性は

「都市の男性と結婚して、村の生活(父親)から解放されると

いくらでもテレビをみることができるので、今はその夢をかなえるために

我慢してラグ織りに専念している。」とのこと。



なんだか、近代化と世界経済、そして伝統的な技術と価値観と

すべてが一色たんになったようなお話です。

モロッコの都市から離れた地方の村の一例ではありますが

人は、「より良い生活」を求め、自分でできる限り、精一杯の挑戦を行い

現在を生きているようですね。

都市に出たからといって、夢に描いたような生活が待っているわけでもありませんが

このような一種の向上心があるからこそ、

毎日の日課をこなし、日々歩んでいけるのでしょう。

先日こちらの学生寮で、「人は、希望(hope)があるから生きている」

というような話になり、人は、基本的に欲を持っているので

現在の希望がかなうと、その現状には満足せず

すぐに次の希望を見出していく。その繰り返し。

これは、地方の女性に限らず、みなさんにも共通することかもしれませんね。





参考文献

Naji, M. (2012) “Learning to Weave the Threads of Honor: Understanding the Value of Female Schooling in Southern Morocco” Anthropology & Education Quarterly, Vol.43(4), USA: the American Anthropological Association, pp. 372-384.







にほんブログ村

『ヨーロッパとイスラーム』

  • 2010.12.23 Thursday
  • 06:05
フランスに400〜500万、ドイツに300万人超のムスリム移民が生活している現在、ヨーロッパ各国で現地の文化的規範と、とりわけムスリム移民のそれとの間に摩擦が生じています。近年大きく取り上げられている「スカーフ問題」もその一つと考えられます。そこで、このような問題を取り扱った著書を手にとってみました。



『ヨーロッパとイスラーム ―共生は可能か―』内藤正典著、岩波新書、2004年。



本書の目的は、ヨーロッパ、とりわけドイツ、フランス、オランダに暮らすムスリム移民の日常的な生活において、西洋とイスラームのあいだの亀裂がどのように生まれ、なぜ、衝突というべき状況にまで拡大してきたのかを現実に即して解明し、そのうえで、その衝突を回避するための知恵とは何であるかを、可能な限り現実的なレベルで提示していくことにある。



まず、ドイツ。

血統主義的な民族概念をもつドイツ社会では、移民はいつまでたっても「ドイツ人」にはなれない。このようなホスト社会からの疎外や差別が、アイデンティティの所在を求めることのできない第二世以降の移民を、結果的にムスリムとしての覚醒へ導いた。



次に、オランダ。

出生地主義を基本とするオランダでは、5年以上、合法的に居住している人は、基本的に外国籍のままでも、参政権が与えられる。「移民も税金を納めているのだから同然だろう。」と考えるオランダは、ドイツやフランスが国への「帰属」を求めるのに対し、「納税」という行為そのものを重視する。オランダは、「生き方」について、他人や公権力が介入すべきではないという「リベラリズム」の意識が発展しているため、ムスリム移民は、比較的自由に自らの文化規範を維持して暮らすことができる。しかし、このようなオランダ式「多文化主義(multiculturalism)」は、相互理解の上に成り立っているのではなく、「文化の多元主義(cultural pluralism)」ともいえる、相互不干渉の中、成立している。



最後にフランス。

フランス国民になるとは、「自由・平等・博愛」という共和国が掲げる原則を受け入れ、フランス語を理解し、共和国と契約を結ぶこと。政府は、フランス語を通じて、移民にフランスの思想や歴史を教育し、成長と共にフランスへの畏敬の念を育てようとした。しかし、その政策は、思うようにはいかなかった。

フランスは、1905年に「国家と教会の分離」の法を制定し、公の領域は宗教から中立、すなわち非宗教的でなければならないという「ライシテ(俗に言う「政教分離」)」が定められた。これは、長い歴史の中で、ときには協調し、ときには反目しあってきたカトリック教会と国家との関係を分離する目的をもっていたが、「政教分離」の原理は、正しく生きるうえでの約束事がすべてイスラームに基づくムスリムには、受け入れがたい。また、ホスト社会も、この原則を受け入れられない移民、つまりフランス国民になれない移民を排除しても、差別に当たらないと考える。



■スカーフ問題

2004年の初頭、フランスではライシテの徹底を求める法案が圧倒的な支持で国家を通過した。これは、公の場から「これみよがし」な宗教的シンボルを排除しなければならないことを意味した。この議論の根幹には、ムスリム女性のスカーフ着用問題がある。

この件に関してのムスリム女性の反応は

? 「スカーフは女性抑圧のシンボルである」とスカーフ禁止に共鳴。これは、イスラームの名を借りて、女性を抑圧するムスリム男性に対し批判的な女性に多い。

? 「羞恥心を失い、性を商品化していく第一歩だ」と感じ、自らの意思で着用を支持。スカーフ着用を心情や表現の自由と考える。フランスで「自由・平等」の精神を学び、高等教育を受けた女性に多い。

? 家族の圧力や故郷の伝統に従順であるがゆえに着用。

以上のように、スカーフ着用に関する見解もさまざま。もともと、コーランには、髪を隠せという記述はなく、「汝の飾りなるとこ」や「隠しどころ(日本語的に解釈すると陰部をさす)」を覆えとある。ムスリム女性が、髪を性的な部分と考えているなら、下着を着用するのと同じことを頭部にもしているだけである。それを外せと命じることは、一種のセクシャルハラスメントとも受け取られかねない。カトリック修道女のヴェールは、信仰と表現の自由として議論の対象にはならないが、イスラームに関する問題は、政治的な意味を見出そうとするので、執拗に干渉する。ここに、ダブルスタンダードがある。



結局のところ、この問題は、イスラームとキリスト教の対立ではない。イスラームが異議を申し立てる相手は、キリスト教という宗教文明の規範から離れた後に成立した西洋近代文明なのである。西欧で誕生した人間の理性を重視する啓蒙主義は、宗教文明の「力」に対抗する「力」を備えた。しかし、中東・イスラーム世界諸国の多くは、この西洋文明を受容して近代化を図ろうとしたが、それに行き詰まり、イスラーム復興運動へと展開した。



移民ホスト社会は、社会進歩の観念を無意識のうちに他者に押しつけてしまう「力」、人間の理性をよりどころにして創り上げた西洋文明が持つ「力」を自覚する必要がある。ムスリムも、ものごとの道理を神の定めに帰すという観念が、西欧社会には受け入れられないことを自覚しなければならない。この両者の自覚なしに、その共存もありえない。



-------------------------------------------------------------------------------

モロッコからも多くの移民が、欧州に渡っています。また、欧州への移住を夢見ているモロッコ人も多い。しかし、ホスト社会での生活は、移民2世以降のアイデンティティの所在の問題をみても、容易なものではない。人間は、自分の価値観とは異なるものに、敏感に反応しやすい。そして、そういう場面に出くわしたとき、無意識のうちに、他者を攻撃し自己の優越性を確認する傾向があるように思います。筆者がいうように、ホスト社会、ムスリム双方が、筆者の指摘点を自覚したなら、両者の共存も可能となるかもしれない。課題は、いかにして両者がそれに気がつくかではないかと思います。





にほんブログ村 海外生活ブログ モロッコ情報へ
にほんブログ村

『緒方貞子という生き方』

  • 2010.11.12 Friday
  • 03:02




『緒方貞子という生き方』黒田龍彦、KKベストセラー、2002年。



[内容紹介]

緒方貞子女史は、1927年、東京生まれ。母方の祖父に駐仏大使から後に外相になった芳沢謙吉氏、父に駐フィンランド公使の中村豊一氏、曾祖父は元総理大臣の犬養毅氏という外交に携わる家庭に生まれた。幼年期を米国、中国で過ごし、「世界の中の日本」をという問題を常に意識し、日本を外から見て育った。



本書では、1991年より10年間国連難民高等弁務官を務め、その後アフガニスタンの難民救援や復興支援を担当する首相特別代表に就任し、現在ではニューヨークのフォード財団研究員を務める緒方女史の難民問題対する姿勢、仕事に対する真摯さを紹介している。



国連難民高等弁務官就任時代、一貫して現場主義を貫いた緒方女史は、「慈善援助といっても、一方的にただかわいそうだから助けてあげるのではなくて、大切にすべき人間の尊厳というものをまっとうするためにあらゆることをして守らなくてはいけないと思います。」と常に難民の側に立ち、時には慣例にとらわれず救済に乗り出した。



冷戦が終結して世界平和が実現するという期待をよそに、地域紛争が相次いで発生し、これまでにない規模の難民が大量流出した。民族問題は何世紀も遡った昔から世界の各地に内在し続ける“紛争の種”であり、東西冷戦構造下にあって、それがしばらく抑えられていたにすぎない。このように根深い人間と人間の衝突である地域紛争の解決には、最低30年以上を要すると言う。この間、「時間を買うのにさまざまな対策、支援、それをどこまで国際社会が見ていくかということ」が大切だと緒方女史は語る。



その復興支援について以下の問題点を指摘している。



■人道支援だけでは解決しない

戦下の人道支援は、軍事的な保護なしでは限界がある。「政治が解決しない限り、難民問題も解決しない」

■ボランティアというのは、ある程度訓練された人間でなければ困る

難民支援に限らず、ボランティアに参加する限り、真剣勝負で取り組まなくてはならない。そのためには、参加者はある程度の訓練、意識、そして知識が必要とされる。

■救済者はじ“人権屋”ではない

“人道”の見地から権力側に要求し、応えてもらうことが現実的には必要だとしても、難民が現実的に彼らの望む生活を実現できるようになるための活動意識を持つことが大切。

■緊急支援と復興のギャップ

危機的な状況が発生した時は、メディアも世界も注目する。しかし、双方ともに“すぐ忘れる”という習慣がある。社会復興というのは、とても時間のかかる仕事。これを国際社会が持続的に支援することが必要となる。

■貧困とは不平等の結果

特定の民族集団のみが社会のすみに追いやられるような政治構造、経済格差などの不平等が貧困及び紛争を生み出す。その根本的な不平等を解決しなければならない。



[感想]

難民問題、復興支援と国際社会の姿勢、そして日本の人道支援のあり方について大変勉強になる一冊ですが、著者の宗教、とりわけイスラームと難民発生率の考察には、些か疑問を感じます。イスラームが難民を生み出すのではなく、当事国の統治体制そのもの、あるいは近隣及び大国との関係に問題があるため、結果的に難民が発生するのだと思います。難民の発生は、政治的な側面に起因することが多いのではないでしょうか。





にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へ
にほんブログ村

『モロッコを知るための65章』

  • 2010.10.08 Friday
  • 06:27
■私市正年、佐藤健太郎(編)「モロッコを知るための65章」、明石書店、2007年。







モロッコの自然風土や歴史に始まり、クスクスに代表する食文化やジン・邪視などの生活文化、そして政治体制や西サハラ問題、EU加盟問題、アフリカ連合(AU)非加盟問題を含めた対外問題、さらには、「モロッコ」を題材として制作された映画や絵画から見るオリエンタリズム観や9つの世界遺産を含めたツーリズム情報まで幅広い題材を取り扱った一冊。ガイドブックでは得られないモロッコに関する情報にあふれており、同国を多角的に知りたいと思う方にはお勧め。また、執筆者の多くが研究者であり、旅行記や紀行文とは異なるため、情報に対する信頼性も高いと思われます。



にほんブログ村 海外生活ブログ アフリカ情報へにほんブログ村

PR

calendar

S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930     
<< September 2019 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

  • “Fair”「平等」の観点とは?−フェアトレード活動を通じて―
    はま (07/30)
  • “Fair”「平等」の観点とは?−フェアトレード活動を通じて―
    marojap (07/28)
  • “Fair”「平等」の観点とは?−フェアトレード活動を通じて―
    はみがき (07/11)
  • “Fair”「平等」の観点とは?−フェアトレード活動を通じて―
    はみがき (07/11)
  • ソラマメ丸焼きとグリーンピースのタジン
    marojap (04/30)
  • ソラマメ丸焼きとグリーンピースのタジン
    はみがき (04/30)
  • モロッコ方言アラビア語、ミニ講座?動詞の活用
    三毛猫 (04/01)
  • モロッコ方言アラビア語、ミニ講座?動詞の活用
    marojap (01/26)
  • モロッコ方言アラビア語、ミニ講座?動詞の活用
    履歴書 (01/21)
  • オリジナル「ボ・シャルウィット」 −生産者と消費者の枠を超えて―
    trivago (11/12)

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM